封切り二日目。
席数185の【SCREEN3】の入りは八割ほど。

『青埜櫂(横浜流星)』と
『井上暁海(広瀬すず)』の
十五年に渡る恋物語り。
十七歳で始まったそれが
三十二歳で終焉を迎える背景こそが
オハナシの行方を左右する。
原作は『凪良ゆう』で
2022年に映画化された〔流浪の月〕と
今回の出演者二人も含めて同じ。
もっとも『横浜流星』はそのとき、
主演ではなく汚れ役だったが。
先作がややのミステリー的要素を含んでいたのに対し、
本作はど真ん中の恋愛作品。
衒いもなく、紆余曲折ある恋模様が描かれる。
普通この手の映画は
観ていて気恥ずかしさを覚えるものだが、
今回は全くそのたぐいの感情は湧いてこない。
寧ろストーリーにぐいぐいと引き込まれてしまう。
舞台は瀬戸内海の小島。
風光は明媚ながら世間は狭く、
それに脅かされるエピソードが頻出する。
ゴシップは瞬く間に島内を駆け巡り、
当事者たちは生き難さを味わう。
{ボーイ・ミーツ・ガール}的に出会った男女が
次第に深く付き合うようになるのは、
互いに家族の欠損を抱えるとの
共通要素があったから。
残っている肉親にしてもさながら子供のようで、
長幼の別さえ判然としない。
良識の無い大人たちを補う役柄として登場するのは
教師の『北原(長谷川博己)』。
一見して掴み処はないが、
教師の枠を超えて超然と対処する彼は
メンターとしての要素も担う。
その提案は、
利己と利他を共に満たす合理的なもの。
もっとも観ている側からは、
時として唖然とする判断なのだが。
主要な登場人物たち以外は全て匿名化されており、
顔かたちさえ判然としない。
その仕立ては『櫂』が東京に出てからも同様。
出版社の編集部にも多くの人はいるが、
ほとんどが記憶にすら残らない。
そのぶん、自ずと近しい人々に
スポットライトが当たる構造になっている。
浮かび揚がって来るもう一つの要素は、
島の自然や風土。
とりわけ、夏の打ち上げ花火が、
関係のメルクマールとして
効果的に使われる。
もっとも当人たちは、なぜかしら
二人して観ることができずに時が過ぎる。
ようやく想いが叶ったあとには、
感情をかき乱す結末が示される。
評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。
主人公たちは高校生の頃から大人びて見える。
家族の環境がそうさせているのだろうが、
逆に長じてからのほうが、
孺慕之思が強くなるような描写。
これも一つの成長譚と言えるのかもしれないが。






