RollingStoneGathersNoMoss文化部

好奇心の向くままどたばたと東奔西走するおぢさんの日記、文化部の活動報告。飲食活動履歴の「健啖部」にも是非お立ち寄り下さい

汝、星のごとく@TOHOシネマズ大井町 2026年10月10日(土)

封切り二日目。

席数185の【SCREEN3】の入りは八割ほど。

 

 

『青埜櫂(横浜流星)』と
『井上暁海(広瀬すず)』の
十五年に渡る恋物語り。

十七歳で始まったそれが
三十二歳で終焉を迎える背景こそが
オハナシの行方を左右する。


原作は『凪良ゆう』で
2022年に映画化された〔流浪の月〕と
今回の出演者二人も含めて同じ。

もっとも『横浜流星』はそのとき、
主演ではなく汚れ役だったが。


先作がややのミステリー的要素を含んでいたのに対し、
本作はど真ん中の恋愛作品。
衒いもなく、紆余曲折ある恋模様が描かれる。

普通この手の映画は
観ていて気恥ずかしさを覚えるものだが、
今回は全くそのたぐいの感情は湧いてこない。

寧ろストーリーにぐいぐいと引き込まれてしまう。


舞台は瀬戸内海の小島。

風光は明媚ながら世間は狭く、
それに脅かされるエピソードが頻出する。

ゴシップは瞬く間に島内を駆け巡り、
当事者たちは生き難さを味わう。


{ボーイ・ミーツ・ガール}的に出会った男女が
次第に深く付き合うようになるのは、
互いに家族の欠損を抱えるとの
共通要素があったから。

残っている肉親にしてもさながら子供のようで、
長幼の別さえ判然としない。


良識の無い大人たちを補う役柄として登場するのは
教師の『北原(長谷川博己)』。

一見して掴み処はないが、
教師の枠を超えて超然と対処する彼は
メンターとしての要素も担う。

その提案は、
利己と利他を共に満たす合理的なもの。

もっとも観ている側からは、
時として唖然とする判断なのだが。


主要な登場人物たち以外は全て匿名化されており、
顔かたちさえ判然としない。

その仕立ては『櫂』が東京に出てからも同様。
出版社の編集部にも多くの人はいるが、
ほとんどが記憶にすら残らない。

そのぶん、自ずと近しい人々に
スポットライトが当たる構造になっている。


浮かび揚がって来るもう一つの要素は、
島の自然や風土。

とりわけ、夏の打ち上げ花火が、
関係のメルクマールとして
効果的に使われる。

もっとも当人たちは、なぜかしら
二人して観ることができずに時が過ぎる。

ようやく想いが叶ったあとには、
感情をかき乱す結末が示される。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。


主人公たちは高校生の頃から大人びて見える。

家族の環境がそうさせているのだろうが、
逆に長じてからのほうが、
孺慕之思が強くなるような描写。

これも一つの成長譚と言えるのかもしれないが。

 

柿本ケンサク写真展@ヒルサイドフォーラム 2026年10月1日(木)

既に終了した展覧会。

展のタイトルは”いつでもいま-ガラスに映す光”。

彼の写真は同所で以前に、加えて
@キヤノンギャラリーS
でも観ている。

監督した〔恋する寄生虫(2021年)〕は映画館で。
個人的な評価は☆☆☆★(☆五つで満点)と
さほど高くはなかった。


で、本展。
硝子作家の『三嶋りつ惠』が作成した「ガラスレンズ」を通して
写した作品が並ぶ。

会場には実際に使用された複数の「ガラスレンズ」も
幾つか展示され、中には漏斗のような形状のレンズも。


産み出された(写真)作品は、
唐突に大きな光が射しこんだり、
小さな光子が乱舞していたり、
周囲がぼやけていたり、と
さまざまな見え方。

が、モチーフそのものは、
日頃我々が目にしているものが多い。

既視感ある景色(先達作品の)も幾つか含まれ、
記憶に訴え掛けはするのだが・・・・。

奈良女子大学 長谷研究室「複製される感性-森山大道」@東京都写真美術館 2026年10月1日(木)

無料の展覧会。
とは言え、受付での入場手続は必要。

 

 

サブタイトルには
”TOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト”とある。


『森山大道』は87歳で現役の写真家。
大阪府池田市が出自との縁による、
同大との交流だろうか。

HPでは「みどころ」として四つ挙げられているが、
そのうち①と③が体験できる。

また、展の趣意については、
9月29日(火)の「朝日新聞」夕刊紙面が詳しい。


写真家本人の作品も楽しめつつ、
学生たちが自身の感性で
それをどうキュレーションし
展開するかが見どころ。


中には〔三沢の犬(1971年)〕を
左右逆に焼き付けたものもあり。

これを原作と二枚並べられると、
さながら寺社の入り口の「狛犬」のよう。


会期は~10月18日(日)まで。

デュエット -アジアン・コンテンポラリ-@東京都写真美術館 2026年10月1日(木)

【2F展示室】での開催。

本日「都民の日」で観覧無料。
ちなみに一般の入場料は900円。

早い時間のせいか、来場者は少な目。

 

 

入り口前に設置されている整列用のポールパーテーションも
今のところは用ナシ。

『村越としや、王拓、塔可、ルオ・ヤン、ジャン・ポンイー、fumiko imano』と
六名の作品が展示。


『fumiko imano』の作品が記憶を刺激する。

海外のホテルで東洋人の女性二人が食事を含め
さまざまな体験をしている。

二人は髪型や体型、服装も瓜二つで、双子のよう。

が、更に目を凝らせば、あまりに相似。
おや?とためつすがめつ見れば、どうやら二枚の写真を重ねたもので
実は同一人物のよう。

しかし生成の手法は単純なトリミングと重ね合わせで、
まったくチープ。
思わず失笑も、当然なにかしらの意図があるのだろう。

思い出すのは〔シャイニング(1980年)〕の双子で
薄気味の悪さは格別。

勿論これとて
『ダイアン・アーバス』の〔ニュージャージ州ローゼルの一卵性双生児〕という
先例があるのだが。

これら以降、「双子」のイメージがある種のアイコンとなっているのは周知のとおり。
もっとも本作には、そうした傾向は見当たらない(笑)。


会期は~2027年1月17日(日)まで。

ふたたびくみたてる@東京都写真美術館 2026年10月1日(木)

「日本の新進作家 vol.23」シリーズの一環。
【3F展示室】の開催。

本日「都民の日」で観覧無料。
ちなみに一般の入場料は700円。

早い時間のせいか、来場者は少な目。

 

 

入り口前には整列用のポールパーテーションも設置されているが、
今のところは用ナシみたい。

『市田小百合、苅部太郎、野村在、橋本麦、藤倉麻子』と
五名の作品が展示。


中では『市田小百合』の作品に惹かれる。

薄暗い展示室内には六枚の黒板が並び、
スポットライトが当たっている。

表面にあるのは
学校の校舎の各パーツをコラージュしたもの。

階段であったり、ベランダであったりと、
見た限りでは変哲がない。

が、裏面に回ると異なる想いが立ち上がる。

当該舎の緯度・軽度の数字、校名、
最大生徒数及び年月と、廃校時の生徒数と年月が記されている。

撮られている写真は何れも、
既に人が通わなくなった校舎なのだな。

生徒数の激減は理解できるが、
元から数が少ないのちの廃校は、
市町村統合によるものだろうか。

そうした事象は以前からもありつつ、
今でも日本の各地で拡大しているのだろう。

自身が通っていた学校が無くなるのは、
記憶がぽっかりと失われたような感覚かも。
同時に思い出も失われて行くよう。

作品のタイトルは〔空席(Kūseki)〕。


会期は~2027年1月17日(日)まで。

ファーストボイス@109シネマズ川崎 2026年10月3日(土)

封切り二日目。

席数89の【シアター9】の入りは七割ほど。

 

 

1992年に判決の出た日本初のセクハラ裁判、
「福岡セクシュアルハラスメント事件」の顛末の映画化。

法廷劇では誰を主役に据えるかがキモも、
本作では原告とその弁護士の両方を中心に据えている。


物語りを構成する要素が多い割には、
尺は105分とさほど長くはない。
そのぶん、人物の掘り下げは深みが足りない。

主任弁護士の『朝日道子(綾瀬はるか)』は
やはり弁護士で家事や育児にも非協力的な夫に腹を立てることもなく、
弁護と日々の家庭内の労働を粛々とこなす。いわゆる、ワンオペ。

新人弁護士の『藤野栞(松本穂香)』は、
金にならない案件ばかりを引き受ける
お人好しの『道子』に反発し大手事務所に移るが、
そこでまさかの自身がセクハラに遭う。

原告の『恵(ファーストサマーウイカ)』は
弁護士たちに対しても全てを吐露しているわけではない。
にもかかわらず、自身を守ることを優先的に求めるなど、
アンビバレントな態度が目立つ。

もちろんそれらは、男の自分の目から
色眼鏡で見ている違和感かもしれない。

とは言え、各々の造形に厚みがないのは事実で、
全体的に薄っぺらな印象を与える。

それらがなぜか、終幕に向かいまるっと解決してしまう。
あまりに都合よく進むモノゴトに、
つい首を傾げてしまう。


法廷場面の描き方が浅薄なのも同様。

原告側と被告側、証人も含めた丁々発止のやり取りが王道も、
それらにも特段の山場なく、さらっと流されてしまっている。

『道子』による長広舌は聴きどころも、
それ以外は原告側に不利なファクターばかりが頻出する。
どうしてこれで判決に期待を持てば良いのか。

素材として興味深いのに、
勿体無いコトしきり。


が、それらを凌駕するのは、出演者たちの魅力。

とりわけ『綾瀬はるか』は大らかで楽天的な主人公を
上手く演じている。

オマケに演技なのか地なのかも判然としない、
天然ぶりも素晴らしい。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。


舞台となった時代の描き込みには驚かされる。
それも細かい点まで神経が行き届いている。

一例として『道子』の自宅に置かれている
「ネピア」の箱のデザイン。

往時のママなんだが。

 

我々は宇宙人@TOHOシネマズ大井町 2026年10月2日(金)

封切り八日目。

席数174の【SCREEN4】の入りは六割ほど。

初日から日が経ち、且つ平日の昼間の回なのに
なかなかの客の入り。

「PG12指定」とのこともあり、
客層は若者以上にふれている。

 

 

小学三年生の時に同級生になった
『翼』と『暁太郎』。

『翼』は内気な性格で友だちも少なく、
とは言え家庭は比較的裕福で、
習字が上手いとの取り柄がある。

一方の『暁太郎』はクラスの人気者。
家庭はやや貧しいが、妹や祖母を含めた暮らしは楽しげ。

二人が親友になるきっかけは『暁太郎』からの声掛け。

しかし友人に囲まれ毎日が充実している『暁太郎』が、
孤立している『翼』になぜ近づいて行ったのか。


物語りは二部構成。
LPレコードのAB面を、
それもトータルコンセプトアルバムを想起すればよい。

前半部のA面は『翼』視点。
彼の孤独と友人ができたことの喜び、
次第に感じる「これじゃない感」
そして決別が描かれる。

後半部のB面は『暁太郎』のパート。
A面に対比するエピソードが彼の視点で補完され、
さらには同級生への恋心にもふれられる。

両面を通して初めて物語りは完成するのだが、
当事者たちは自身のパートしかわからない。
それが決定的な離別を生む。

一方で鑑賞者は両方を万遍なく知悉する視座。
ある意味、神のごとき大所高所からの知見で、
ついあれやこれやと語りたくなる。


鑑賞者の多くが「ああこれはムカシの自分だな」との感慨を
持つに違いない。

そのままではなくとも、似たような体験は
誰でもがしているハズ。

鑑賞中にも自身の過去を思い出し、
楽しさと懐かしさと後悔と怨念が
渦を巻くように心中をかき乱す。

もう何十年も経っているのに、
今でも残る記憶は心のなかの棘のように
ちくりちくりと刺激する。


最初のうちは「なぜに実写にしなかったのだろう」と首を傾げたが、
中途から何度も頷いてしまう。
それほど画面の描写は細かく美しい。

とりわけ『小夏』の服に
レースのカーテンの影が映るシーンは出色。
その時の彼女の心のうちさえ見えてしまうようだ。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆★。


後半部での『暁太郎』の憎悪の表現は痛ましい。

傍からは全てが自己責任も、
きっかけを作り、手を差し伸べなかったのは『翼』の責とも見える。

その一方的な恨みの転化と、
事実を知ったことでの寛解。

しかし『暁太郎』の恨みは解け、
二人の関係は修復されるのか。

それは最後の言葉が端的に表している。
「じゃあね」。
幼い頃に交わしたのと、なにが違っているだろう。