RollingStoneGathersNoMoss文化部

好奇心の向くままどたばたと東奔西走するおぢさんの日記、文化部の活動報告。飲食活動履歴の「健啖部」にも是非お立ち寄り下さい

DUNE/デューン 砂の惑星@チネチッタ川崎 2021年10月17日(日)

封切り三日目。

席数488の【CINE12】の入りは三割ほど。

f:id:jyn1:20211019075632j:plain

 

冒頭、タイトルの下に小さく
「part one」の文字が表示され
思わず仰け反るとともに、
まぁそうだよなぁと納得もする。

思い出されるのは『デイヴィッド・リンチ』による
デューン/砂の惑星(1984年)〕。

リアルタイムで観ているわけだが、
137分の尺に詰め込まれたそれは、
とても映画の体をなしておらず、
質の悪いダイジェスト版の趣き。

ストーリーを何とか追えはするものの、
飛び飛びのエピソードの羅列で
明らかに失敗作と断じてしまえる一本。


翻って本作、
155分の長尺ながら
原作の第一巻の半分ほどしか取り上げられてないのでは。

たぶん二部構想と思えるも
それでもディテールの多くは省略されてしまっているようで
行間を読む想像力も必要とされる
ある意味、鑑賞者を試すような一本。

もっとも意図的かどうか造りそのものも不親切で、
件の砂漠の惑星の名称ですらアラキスと示されるのはその最たるもの。

惑星間航行に不可欠なスパイス(香料)がメランジとも表現されたり、
サンドワーム(砂虫)=シャイ・フルドであったり、
ベネ・ゲセリットは実は女性種族の呼称であったり、と
原作を読んでいないと混乱することしきり。

脳内でそれらを悉く変換しながら鑑賞する作業は、
なまじ上映時間が長いために、精神的にも疲弊する。

今回の騒動の背景もさっぱり説明されないし。


物語り自体は典型的な貴種流離譚

血と才能に恵まれた若者が、しかし
艱難辛苦を味わい、やがて覇道に向けて動き出す。

今回はあくまでも序章だが、
そのスペクタクル感は流石『ドゥニ・ヴィルヌーヴ』と思わせる。

ロケ地を各国に求め、CGも多用、
制作費を潤沢に使った豪勢な雰囲気を存分に味わえる。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。


母と息子で砂漠を彷徨うシークエンス等、
時として冗長さを感じる場面はあるものの
全体的には許容範囲。

あとは当年取って25歳の
主演を務める『ティモシー・シャラメ』の外見があまり変わらぬうちに
次作を撮りきってしまうのが課題だが。

 

燃えよ剣@チネチッタ川崎  2021年10月16日(土)

封切り二日目。

席数407の【CINE11】の入りは四割ほど。

f:id:jyn1:20211018072514j:plain

 

それにしても本作は、最初から最後まで
濃密な様々な死の描写に溢れている。

もっとも『近藤(鈴木亮平)』『土方(岡田准一)』『沖田(山田涼介)』の三人も
皆死んでしまうのだし、
それ以外の主要な登場人物達も
内紛の為に惨殺や切腹といった始末になるのだから当然か。

実際の「新選組」も戦闘で亡くなるよりも
隊規にふれての死が多かったとも聞く。


近藤勇』『土方歳三』の享年は34歳。

前者は懐の深い愛嬌のある人物とされ、
本人は望んだのかそうではないのか、
大将として祭り上げられる。

彼が去って行く最後のシーンは、
その頸木からようやく解き放たれた心やすさと
一種の諦観さえ透けて見える。

もっとも投降後の処遇について
自分と同じだけの度量を官軍に期待したのは、
あまりに甘いとしか言いようがないけれど。


一方の『土方』は冷徹な策士、或いは
非情な人切り、『近藤』への思慕、
幕府直轄の農民であったとの誇りを組み合わせた複雑な造形。

思想の有無は定かではないけれど目指す理想は有り、
そのためなら阻害する周囲は全て薙ぎ払う心算。

ある意味、表裏が無く、判りやすいともいえる。


新選組」は毀誉褒貶やその評価が、
時代によってかなり変わるのも特徴的。

自分が物心ついて以降暫くは、
維新の志士を弾圧した殺戮者の集団との決めつけが多かったと記憶。

しかし直近では、明治維新そのものが
薩長によるクーデター且つ、
その後の戦闘では不要な混乱を招いたとの表現も多くなり、
映像にしろ文字にしろ
ダークヒーローの面は残しつつ、
極めて「悪」との断定は無いように思うが、どうか。

新選組!(2004年)〕での描かれ方も相俟って、
よりその思いを強くする。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。


二時間半の長尺を使いながらも
盛り込むエピソードが多すぎ、
映像では語り切れなかったのは至極残念。

それに対して監督/脚本の『原田眞人』は
ノローグにも似せた会話を多用することで補う工夫をする。

それら幾つものシーンは不自然さを感じず、
要点も整理・理解できるなかなかに良い仕掛け。


もっとも、歴史的用語の頻出や、
主要な人物、或いは時代の流れが頭に入っていないと
そもそもの大枠を掴み切れない不都合は有るのだが。

 

 

最後の決闘裁判@109シネマズ川崎  2021年10月16日(土)

封切り二日目。

席数118の【シアター5】の入りは三割ほど。

f:id:jyn1:20211017093347j:plain

 

〔エイリアン(1979年)〕で名を上げはしたものの、
近年ではそれに纏わる駄作を乱発し
名を落としている『リドリー・スコット』。

もっともデビュー作は〔デュエリスト/決闘者(1977年)〕で
日本公開はこちらの方が後なのだが、
自分は「@シネマスクエアとうきゅう」で観て
先の作品との、いや後々の彼の作品に共通する萌芽は
やはりここに有ったと今更ながらに感じる次第。

それから二十年後の〔グラディエーター(2000年)〕を挟み、
更に二十年、漸く「決闘」の世界に戻って来たと
感慨を新たにする。


本作は三章だてとなっており、
その各々で話者が異なる。

映画では『黒澤明』の〔羅生門〕以降一般化された
違う視点から語られる手法。

もっともこの作品、『芥川龍之介』の原作は何れも短編で
羅生門〕は借景だけ、
本筋は〔藪の中〕を援用となってはいるのだが。


この映画の企画は、主演/脚本の『マット・デイモン』が持ちかけたと聞く。

やはり領主役で出演している『ベン・アフレック』も
男性パートの脚本を書き、
女性視点の第三章は『ニコール・ホロフセナー』が書いた、と。

なので決闘の帰趨がどうなるか、との興味に加え、
各章で描かれる個々人の表現が(当然のことながら)
差異があり面白い。


とは言え、二人の男は何れも
特に女性に対しては傍若無人との共通項はあり
現代の我々からすれば違和感はありまくり。

フランスで法的に認められた最後の決闘との
史実を基にしており、
舞台は十四世紀後半の
非科学と信仰が支配していた時代。

勝ち残った方が、
神託を受けた正しい者との考えは今となっては笑止だけれど。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。


人間的なドラマの部分は脚本に負うところが多いものの、
最後の決闘シーンは『リドリー・スコット』の面目躍如、
自家薬籠中の迫力に満ちた表現は流石と唸る。

御年83歳だけれど、まだまだ老いておらずと
今後の作品への期待も高まる。

まぁ、もっとも、扱うテーマ次第なのは
間違いのないところだけれど。

 

鉄道写真家・南正時作品展@鉄道歴史展示室 2021年10月10日(日)

f:id:jyn1:20211013080113j:plain

 

サブタイトルに「蒸気機関車のある風景」とあるように
館内にはSLの、それも1970年代前半までの日本国内の景色の中を
もくもくと煙を上げて走る姿が所狭しと並んでいる。

会期は
前期:9月21日(火)~12月5日(日)
後期:12月11日(土)~2022年3月6日(日)
とされており、
どうやら前期は東日本を走る姿に限定されているよう。

であれば、おそらく後期は西日本となるのかな。


SLそのものも懐かしいのだが
沿線の風景もそれに輪を掛ける。

立ち並ぶ茅葺の屋根、稲を干す穂鳰が並ぶ田んぼ。
自分が子供の頃には、当然のように身近にあったもの。

またキャプションにも添えられているように、
撮られた場所の幾つかは、既にダム建設の為に湖底に沈んでいたりする。


勇壮な機関車の姿と対比するように、
郷愁がぐっと胸にこみ上げて来る。

今井まい 作品展@Sony Imaging Gallery 2021年10月10日(日)

サブタイトルは「Innocent World」。

f:id:jyn1:20211012074521j:plain

 

案内ハガキやポスターにあしらわれているのは
鴉が乱舞するおどろおどろしい一枚だけど、
人物を撮った写真が個人的には好ましい。

画面はそれなりの処理が施されているようだけど、
それが表情をより繊細に見せる効果を生んでいる。


会期は~10月21日(木)まで。


ブンポニチ/文保日・展2021@東京藝術大学美術館 陳列館2階 2021年10月10日(日)

何とも面妖なタイトル。

f:id:jyn1:20211011072630j:plain

 

実際は【1階】で開催されている
”現状模写「国宝信貴山縁起絵巻 山崎長者巻」”とセットになるのだろう。

こちらの主催は「日本画第三研究室」と、なっている。

そのタイトル通り、模写の過程と作品が並ぶ。

源氏物語絵巻〕〔伴大納言絵巻〕も同時に展示され
(何れも模写だが)、歴史の教科書でしかお目に掛かれないそれぞれを
目の当たりにできるのは眼福。

会期は~10月15日(金)まで。


一方、標題展については
主催が「保存修復日本画研究室」となっており、
字面だけでは両者の関係性は判然としないけど。

二十二名による、三十三点の日本画が並ぶ。


中では『鈴木七実』の〔水鏡〕に目が吸い寄せられる。

湖面とそこに浮かぶ蓮を描いた作品は、
妙にリアルで立体的。

近寄ればまさしく本画なのに、
離れて観た時の印象がまるっきり異なるユニークな表現。

 

会期は~10月14日(木)まで。

ONODA 一万夜を越えて@TOHOシネマズ川崎 2021年10月9日(土)

封切り二日目。

席数142の【SCREEN1】の入りは七割ほど。

客層は高齢者が多く、自分も含め『小野田寛郎』の帰還を

リアルタイムで知っている世代と見受けられる。

f:id:jyn1:20211010100809j:plain

 

このストーリーには当然、前段がある。

終戦から数十年を経ても残留日本兵が潜伏しているとの噂や報道はちらほらと有った。
そんな中、『横井庄一』が1972年にグアム島で「発見」される。
実に戦後27年目のこと。
子供心にも随分と驚いた記憶もありつつ
痩せ細ったその姿は幽鬼を思わせるようであった。


次いでその二年後、『小野田寛郎』がフィリピン・ルバング島で「発見」されるのだが、
我々を更に驚かせたのは、銃器の手入れがちゃんとされており、今でも使える状態、且つ
銃弾もちゃんと残されていたこと。

勿論、用途としては諸々だろうが、
当時の大人達は、旧日本兵の魂を引き継ぐ矜持と、
かなり感傷的にもなっていた。

帰国の際にも、上官の任務解除命令が必要とのプロセスは
やや芝居染みていたけれど。
上官が亡くなっていたらどうしてたんだろう?と
素直に考えたりもした。


小集団での逃避・潜伏生活が悲劇を生むのは
連合赤軍」が起こした一連の事件でも明らか。

足掛け僅か二年で内部崩壊を起こしたわけだが、
それに比べ、旧日本兵の精神力の強さには驚嘆させられるのも事実。
十数年に渡り集団生活を維持していたのだから。

一方で彼等は生き延び、与えられた任務を遂行するために
現地の人にも銃口を向けたろう。
それをどのように総括するか。


と、これらはあくまでも自分の記憶のオハナシ。

その背後にあるものや経緯を、映画は如何に描いたか。

もっとも、原作も含めフランス人による、
フランス人の視点のものとの留意は必要だし、
あくまでも本人から聞き書きを基にしているのだから、
隠蔽や矛盾はあるだろうけど。


観終わって思うのは、〔七人の侍〕を
野盗の視点で描写するとこのようになるかと。

現地住民を侮蔑する呼称で定義し
簒奪の対象としてしか見ておらず。

自分たちが生きる為には
犠牲になって当然とのスタンスは鼻もちならなさが芬々とする。


もっとも、当時の教育を受けた側からすれば当然かもしれぬ。

「生きて虜囚の辱を受けず」との戦陣訓。
ペイロード以上の爆弾を搭載した航空機が離陸できないのは
特攻精神が足りないからとの非科学性
(足りない射程は精神で補うのです、との言も有ったが)。
兵站を無視した現地調達の姿勢。

そうしたものが相俟って形作られた落とし子としか見えず。


もっとも『小野田』に与えられた使命はかなり真逆、
「何があっても死ぬな、生き延びろ」だったわけだから。
が、通常とは異なる命令もやはり悲劇を生むとの証左だろう。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆。


現実には、映画で語られたよりも、より多くの無辜の民を
手に掛けたのだろうと思う。

またそれが、なかなか投降できない理由の一つであったのでは?と
穿った見方もする。

短波ラジオで世界や日本の情勢を知り、
幾度かの捜索隊を遠目にも見、
或いは、変わって行く島の状況を目の当たりにしながらも、
尚且つ動けなかった理由は、
心中に巣食った陰謀論の塊だけでは、どうにも説明が不足しているよう。