RollingStoneGathersNoMoss文化部

好奇心の向くままどたばたと東奔西走するおぢさんの日記、文化部の活動報告。飲食活動履歴の「健啖部」にも是非お立ち寄り下さい

あんのこと@TOHOシネマズ川崎 2024年6月9日(日)

封切り三日目。

席数232の【SCREEN7】の入りはほぼほぼ満席。

直近で話題の『河合優実』の主演とはいえ
こんなに暗く救いの無い話に、
これだけの客が集まるのは
正直、驚き。

 

 

『香川杏(河合優実)』は生活力の無い母親から暴力をふるわれて育ち
十二歳の頃から売春を強要され、
小学校にも通えず
二十一歳の今では麻薬も常用するように。

「私、頭が悪いから」と、ことあるごとに口にするも、正しくはない。
単に学ぶ機会が無かっただけで、
何かの際にはどうすれば良いのか、
誰に頼れば良いのかを知らないだけ。

無口なのも、どう表現すれば良いのかを学んでいないだけ。


そんな彼女が、型破りな刑事『多々羅(佐藤二朗)』に出会ったことで
更生への道を歩み始める。

『多々羅』は麻薬中毒者の面倒を親身に見、
自助グループさえも個人的に組織する。

しかしそんな彼も二面性を持つのが世の常であり、
後々にスレ違いを生む一要素に。


また『多々羅』主宰の「サルベージ赤羽」に出入りする
雑誌記者の『桐野(稲垣吾郎)』も同様。

『杏』に親身になる一方で、
『多々羅』の近くに居るのは何らかの理由があることが、
ちらほらと示唆される。

これも後に、正義と情の狭間で懊悩することに。


物語が始まるのは、コロナが流行する前の東京。

順調に世間並みの暮らしに近付いていた主人公は
コロナが猛威をふるうとともに、
一つ一つと退路を断たれ、
次第に立ち行かぬ状況に追い込まれる。

2020年のあの頃。我々が伝染病の影に怯える裏では、
こうした惨事があちこちで起きていたに違いない。


自身の子供を、生活のための道具くらいにしか考えていない親は、
残念ながら多いのだろう。

本作の『杏』の母親は、
日頃は罵詈雑言と暴力を浴びせるのに
時として「ママ」とあり得ない呼称で娘を呼び
強く懇願する。

本来であれば暖かい単語が、
ぞわっと背筋に突き刺さるように聴く者の耳に入って来る。


離れたいのに切れない血縁に縛られるのは
どれほどの絶望感か。

そしてまた肝心な時に、信頼し頼ることのできる人間が
身近に居ない心細さはいかばかりか。

冒頭、重い足取りで明け方の街を歩く主人公の背中を追うシーンは
終盤で再び繰り返され、
そこに我々は深い悲しみを見る。

自身の力だけでは、どうにも抗えない
世間や社会に対しての。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆★。


新聞には毎日を目を通していても、
本作の元になった事件は
たぶん読み飛ばしているのに違いない、
既視感のある、ありがちな記事として。

しかしその背景を詳しく知れば、
心が引き裂かれるほどの背景が詰まり
困窮する多くが遍在することを理解する。

その義憤を映像に繋げた『入江悠』も見事だし、
カラダを張って監督の期待に応えた『河合優実』にも
賛辞を贈らずにはいられない。