会期は本日が最終日。
尤も二週前であれば、
「赤塚梅まつり」も隣接の【赤塚溜池公園】で開催されていたらしく、
さぞかし見事だったろうな、と。
桜はまだ七分咲だし。
「赤塚梅まつり」も隣接の【赤塚溜池公園】で開催されていたらしく、
さぞかし見事だったろうな、と。
桜はまだ七分咲だし。
計四十点が展示され、その制作年の多くは
十八~九世紀。
十八~九世紀。
なので、西洋画の影響を受けた作品も多く
『司馬江漢』のそれなどはまだ観慣れているし良いのだが、
『太田洞玉』や『伝 佐竹曙山』の何れも〔蝦蟇仙人図〕の
なんともぬんめりとした描写は
過渡期らしい違和感に満ちている。
『司馬江漢』のそれなどはまだ観慣れているし良いのだが、
『太田洞玉』や『伝 佐竹曙山』の何れも〔蝦蟇仙人図〕の
なんともぬんめりとした描写は
過渡期らしい違和感に満ちている。
そんな中で、微笑ましく、
心のなかがほっと満たされるような気持ちにさせてくれたのは
『英一蝶』の「伝」を含む五作品。
心のなかがほっと満たされるような気持ちにさせてくれたのは
『英一蝶』の「伝」を含む五作品。
『一休禅師』が酒屋の前で酔い潰れて寝ていたり、
『寿老人』が上を仰ぎ見、長い頭が後ろに落ちそうになったり、
滝行をする『不動明王』が背中の「迦楼羅焔」を外して脇に置き
水飛沫で消えないように注意をはらっていたりと、
「お静かにご覧ください」の注意書きさえなければ
声を上げてあははと笑っていたかも。
『寿老人』が上を仰ぎ見、長い頭が後ろに落ちそうになったり、
滝行をする『不動明王』が背中の「迦楼羅焔」を外して脇に置き
水飛沫で消えないように注意をはらっていたりと、
「お静かにご覧ください」の注意書きさえなければ
声を上げてあははと笑っていたかも。
それ程、独特のユーモアーに満ち、改めて思わせる、
何時の時代でも、変わらないんだなぁ、面白みの本質は
何時の時代でも、変わらないんだなぁ、面白みの本質は
などと、つらつらと書き連ねてはいるけれど、
個人的な日記や備忘録としては十分ながら
インフォメーションとしてなんの役にも立っていないなぁ、と
やや忸怩たる思いもある。
個人的な日記や備忘録としては十分ながら
インフォメーションとしてなんの役にも立っていないなぁ、と
やや忸怩たる思いもある。