封切り三日目。
席数142の【SCREEN1】の入りは三割ほど。

『プラトン』は〔饗宴〕で
「人間はもともと背中合わせの一体(アンドロギュヌス)であったが、
神によって二体に切り離された。
ため、互いに失われた半身を求め・・・・」と書く。
英語で「配偶者」を「one's better half, one's other half(我が魂の片割れ)」と表現するのは、
この説に由来するとも聞く。
本作のプロット-
田舎に越して来た若いカップルが、
近所の森を探検するうちに不気味な洞窟に墜ちてしまい、
まんじりともせずに一夜を過ごす。
家に帰り着き、暫く経つうちに、
肉体が磁力のように強く引かれ合い、
一時も離れることができなくなる。
何か不思議な力に突き動かされるように。
-を読んだときに、先の挿話を思い出した。
いみじくも、作中でもふれられはする。
「二つの頭、四本の手と足、背中合わせの躰。
その力を恐れた神が、二つに引き裂いた」との言いようだったが、
自分が読んだ版では、
「驕り昂ぶった戒めとして」となっていた記憶で、
どちらかと言えば「旧約聖書」の
「ソドムとゴモラ」の教訓に近かった記憶。
『ティム(デイヴ・フランコ)』はミュージシャン志望だが
なかなか芽が出ない。
小学校教師の『ミリー(アリソン・ブリー)』は彼をフォローするため、
都会を捨て田舎の学校への転籍を選ぶ。
男の方は料理に長けるも車の運転はできず、
女の方はその真逆。
片や収入は碌に無く、
もう一方は大黒柱。
互いに補完関係にあるも、時として自分の方が
犠牲になっているとの思いが去来し、
プロポーズに同意はしていても、
パートナーの関係から抜けきれない。
感情は次第にすれ違いつつあるのに、
躰が強制的に混淆されそうになったときに、
どうすれば良いのか。
冒頭に犬でその結果をチラとだけ見せ、
終盤には先に行方不明となった男女で
あからさまに見せる。
『ティム』のトラウマとなっている両親との関係や、
それ以外にも頻出するホラーチックなシーンは
おどろおどろしく神経を逆撫でする。
後々使われる小道具の前出しも巧みで、
幾つかの前振りの回収も上手く出来ている。
ただラストシーンの落とし方は、
カルトに迎合するようで、
あまり感心はしなかった。
評価は、☆五点満点で☆☆☆★。
それとも、真実の愛情は
全ての艱難辛苦を超えるとの寓意か。
今回の主役二人は、
実生活でもパートナーであるらしいが、
どのような心情で役に向き合っていたのだろう。