RollingStoneGathersNoMoss文化部

好奇心の向くままどたばたと東奔西走するおぢさんの日記、文化部の活動報告。飲食活動履歴の「健啖部」にも是非お立ち寄り下さい

先生、私の隣に座っていただけませんか?@109シネマズ川崎 2021年9月11日(土)

封切り二日目。

席数118の【シアター3】は一席おきの案内なので
実質70席弱。

入りはその八割ほど。

f:id:jyn1:20210913075337j:plain

 

ここには三人の「先生」が登場する。

一組の漫画家の夫婦は、妻『佐和子(黒木華)』は今では売れっ子、
一方の夫『俊夫(柄本佑)』は
嘗ては妻に憧れを持たれるほどの人気だったものの
もう四年も新作を描いておらず、「感動が無くなった」ことが
その要因と吐露する。

漫画家は編集者や読者からは「先生」と呼ばれることはもう周知。


ところがこの夫、そんなことを嘯きつつ、
妻のアシスタントまがいのことをしながら、
その担当編集者の若い女性と不倫関係にある。

妻はそのことを知ってか、知らずか。


ある日妻の独り暮らしの母親が事故に遭ったとの連絡が入り、
二人は田舎の家に駆け付ける。

が、そこは車が無ければ、日々の生活にも事欠く不便な場所。

夫の勧めもあり『佐和子』は自動車教習所に通い始めるのだが
そこで三人目の「先生」、『新谷(金子大地)』と巡り会ってしまう。

当該所ならば「教官」が正しいはずだけど、あまり厳しくすると
ハナシが進まないので、ここでは「先生」を使うと了解する(笑)。


この若くてイケメン、オマケに優しい『新谷』の登場が、
連載を終わらせたばかりの『佐和子』の創作意欲に火を点ける。

先の夫の不倫にも薄々感づいていたことも取り入れ、
実録風のネームを書き出す。

それはまさに嘗ての文士が{私小説}で表現した体に酷似。
行きつく先は修羅場と相場は決まっているのだが。


そのネームを盗み読みした『俊夫』は慄然とする。
そこには自身の不倫の仔細も含めて、
妻と『新谷』との交流までがあけすけに描かれていた。

彼女はどこまでを知っており、どこからが空想なのか。
また教習所の「先生」との事実関係はどうなのか
激しく疑心暗鬼に囚われ、時にストカーまがいの行動まで起こす始末。

それもこれも、もとはと言えば自分に起因する事なのに、
しっかりと棚に上がっているのは、やはり
男性らしい身勝手さの描写。


さてここからが本作の真骨頂。

漫画のネーム、それを再現宜しく実録風に撮ったシーン、
過去の場面、そして同時並行して起きているイマイマの現実、
それらがないまぜになって画面上に繰り出され、
なにが本当なのか、この先どう流れて行くのかも見えぬまま、
物語りは二転三転。

夫婦は元の鞘に納まるのか、
それとも『佐和子』は『新谷』と逐電するのか、
はたまた第三のケースが展開されるのか、
わくわくの期待を持たせながら
終幕へと突き進む。


妻から夫への暗い復讐の念と、
一方で畏敬の想いがないまぜになった心情の表出は
さすがに『黒木華』、芸達者。

柄本佑』も同様に、情熱を取り戻した時の顔つきは
目の輝きからして変わってしまう演技の妙。

女性編集者を演じた『奈緒』ですら、
自分がネタになっていることよりも、
担当している漫画家が傑作を描くことに心血を注ぐ
ぶっとんだ表現が上々の出来。


評価は、☆五点満点で☆☆☆☆★。


TSUTAYA CREATORS PROGRAM FILM」受賞作の映画化については
過去何度か言及しているけど、
その多くで共通して挙げられるのが、脚本の練り込み不足。

構成されるパーツが浅薄で、
人物造形に膨らみが無いので
全体的にぺらぺらな物語りに収斂する辛さ。

が、こと本作に於いては監督/脚本の『堀江貴大』の起用が吉と出た。

意図的に隣を映さないラストシーンの表現に、
とりわけ彼の技量の確かさを見る。