封切り三日目。
席数191の【CINE10】は九割方の入りと盛況。
それにしても、いくら封切館が少ないとは言え、
この手の映画がこんなに混むなんて
正直かなり意外なんだが。
閉鎖空間で少数の人間が交わる時、
必ず狂気を発する者が出来する。
「マンダレー」に囚われた『ダンヴァース夫人』は
『レベッカ』の死との現実を受け入れられなかったのではなく、
おそらくは最初から狂っていたのだろう。
或いは雪に閉ざされたホテルでの『ジャック』の場合は、
次第に狂気に満たされて行く。
一人はなりたての新米『イーフレイム(ロバート・パティンソン)』、
もう一人は老練の『トーマス(ウィレム・デフォー)』。
灯台以外には何もない島では、常に顔を突き合わせて暮らす必要があり、
時として仲違いも起きるのだろう。
それを慮り、人員は四週間で交替し、
併せて物資も運び込まれる。
冒頭のシーンでそれらは示唆されるのだが、
島を後にする前任の二人は、新たに来た彼らに声掛けをするでもなく、
足早に去って行く。
このプロローグの場面から、
物語りは既に不穏な空気を纏っている。
年長の『トーマス』は監督者の立場でもあり
若い『イーフレイム』に多くの雑用を言いつける。
観客は『イーフレイム』の視点で趨勢を見守り、
労働の理不尽さや、
なぜかしら灯台レンズのある部屋に入り浸る『トーマス』の姿に不信感を抱く。
しかし、既にして、この視線は正しいのか?
『イーフレイム』は次第に幻想を見るようになる。
が、それは現とも判別できない内容。
では彼をあざ笑うように纏わり付く鴎を
船乗りの禁忌に触れることを知りながらも撲殺したのは
現実に起こったことなのか。
或いは、繰り返し現れる人魚は、
どちらかと言えば「セイレーン」の位置付け。
交代要員を乗せて来るはずの船が四週を経て未だ着かないのは、
一つ嵐に封じ込められているからではなく、
彼女の金切り声で沈められてしまったのではないか。
次第に明らかになる『イーフレイム』の黒い過去も相俟って、
二人のどちらが正しいことを言っているのか、
何が事実なのかも模糊としたまま、
物語りは終局に向けて転がって行く。
そこに狂気に囚われた『イーフレイム』の姿を我々は見るのだが、
もう一方の『トーマス』も果たして真面な人間なのだろうか。
灯台レンズに魅入られた彼は
『江戸川乱歩』の〔鏡地獄〕の主人公のような存在ではないのか。
評価は、☆五点満点で☆☆☆★。
極めてサスペンス性の強い心理劇。
正方形に近い画角とモノクロームの画面を
緊張感を補強する手段として用いているのは
なかなかのアイディア。
音に関しても、霧笛と風雨と波涛の音がこれほど不穏に聞こえる作品は
今までもなかったろう。
一方で、会話が神話や古のジンクスに拠るものが多く、
特にそれらに馴染みのない日本人にとっては
かなり理解し難い内容になってしまっているのだが。